「バラ色の会」の仲間
平成29年10月

板谷久子(竜王町出身 ふじみ野市在住)

  4〜5年位前のこと、いつも行くカーブス(女性の筋トレジム)で出会った人から
「もしかして、子供が小学校の時同じクラスだった方かしら?」と声をかけられた。
私は、その人を見ても知らない顔の方だ。「森田先生のクラスでした?」「そうよ、じゃ
あ同級生だわ。」名前を聞いて思い出した。やすみつ君のお母さんだ。
  30年位会っていない。我が家は、子供が中学校2年生の時に引っ越して、同じ町内で
も学区が変わったので、会うことがなかったのだ。子供が小学校卒業の時の謝恩会で、
親達も参加することになっていて、私たちのクラスの親は、ジャズダンスをやることに
なりました。何度か体育館で、練習、お陰でみんな親しくなり、卒業式の後日の「ご苦労
さん会」で楽しかったのを思い出しました。
  やすみつ君のお母さんは、当時から今も交流のある人達に「板谷さんに会ったよ」と話
してくれたら「会いたい」との事で、30年ぶりに食事会で会うことになりました。その時、
ご苦労さん会の時の、集合写真を持参しました。30〜40歳代の写真は若い、歳を
取ったが、みんな元気だ。「これからも、時々会って楽しみましょう。」と言うことになり、
会を「バラ色の会」と名付けました。
  現在は9名、連絡のための電話番号を聞くと、3名が携帯電話を持っていない。メールを
やらない人もいるが、集合場所には皆さん早めに来るので、携帯電話がなくても、大丈
夫だ。初めの頃は、2〜3ヶ月に1回の開催が、今では1ヶ月に1回、暑い時と寒い時は、
ランチ会で、気候の良い季節には、電車で出かけたり、バスツアーに参加したりして楽し
んでいます。
  一番年上の方が80歳で、他の人は70歳代で、いつも会話が弾み、笑い声が絶えない
仲間たちです。昭和記念公園へ出かけた時の事、帰りの電車で、足が少々悪い人だけ
でも、腰掛けられればと、優先席付近に乗りました。何人かの人が腰掛けられたのですが、
次の駅で、「すみませんが」と二人の年配の女性、すぐに二人立って席を譲る。「私たち、
姉妹でね、二人とも90歳代なの。」と言われたので、びっくり、我々よりずっと先輩だ。
  「バラ色の会も、90歳になっても続けていられたらいいね。」と言いながら、ふじみ野駅
で解散、来月はどちらへ行くかな?