私の2020プロジェクト  
令和2年7月
西村 登喜男(戸田市 在住)

  2020年ようやくオリンピックの年を迎えました。
  私も細々とスポーツを支援する仕事をしてきたのですが、オリンピックは私には遠いところで進んでおり冷めた目で見ざるを得なくなっておりました。さりとて、このまま横目で見ているだけではつまらないので、この時期に自分なりの記念になることを行おうと思い 検討の末 《オリンピックの年にまったくのオリジナルの国産ボートを造ろう》 そう決意しました。
  そもそも2019年はオリンピックの準備の影響を受けて私の事業である修理需要は減少しており、一部を先送りをした年金の不足分を補うアルバイト的になっておりました。年齢的にいつまで続けるかという問題もあります。しかしこのままで終わるのはつまらない、家庭を持つ事がなかったのでそれに代わる何かがないと人生が 終われない、そんなことを考えて過ごしてきました。
  以前よりボートを造る機会を探っていたため、機材・資材もある程度用意していました。
  ただ事業としては成り立たない可能性が高いと思っていましたので実行出来ませんでした。
  しかし技術者の端くれとしての意地を示したい 常にその思いはありました。こんな思いは多くの日本の技術者が持っているのではないでしょうか。
  思い起こすと、過去に所属した会社での最後に開発したボートからちょうど30年目です。
この時のボートはボート協会で設計がされていたものを1990年改正設計して開発していたので記憶として残っています。その後も構造的に勝る海外のボートと同等のものを作りたいとの思いはありましたが、断念せざるを得ませんでした。
  今回のボートは1990年開発艇の後、構想は持ちながら実現できなかった構造のボートをより進めたものとして、30年を経て実現を目指します。このボートは1人で漕ぐシングルスカルと呼ばれるもので 一からすべてオリジナル設計の仮称[X1X-20] プロトタイプの1号艇は私がマスターズレガッタで使う為のシングルスカルとして造ることにしました。設計作業は30年間に個人的に積み上げてきたものから選択し、目的に応じた再設計を施しました。
  2020年を迎えていよいよ計画の実行です。
  さて実際の作業に当たって出来るだけ手持ちの資材でできるようにすること、また大量に生産することは前提とせず、最小限のコストで後で廃棄するものも最小にかつ廃棄しやすいものにする、一人で作業を行える構造とするなど、様々な工夫を凝らして製造することとしました。船体成型の為のメス型製作を始めたころに新型コロナ騒ぎが起こり、私の本業も先行きがまったく見えなくなりつつありました。オリンピックどころでは無くなったな そんな思いでした。
メス型が出来上がった頃にオリンピック延期が決まり、緊急事態宣言が出たことで収入につながる仕事はほとんど無くなりました。手持ち資金でどこまで我が工房が維持できるのか、経済的に限界を突き付けられることとなります。私にとってはこれが計画の加速につながりました。
禍を転じて福と為すと成るかは判らないが、どのみち動けないし本業も期待できないのだから自分の工房で計画に没頭することにしました。
建造を始めるにあたって10年来の大掃除を行い、残りの人生で不要と思われる資材・治具などは思い切って廃棄とし、利用できるものは再利用です。建造となると様々な課題が発生します。
本来の業務の修理では3m程度の部材成型は行ったことがあったのですが、8m近い長さのボートをすべて一人で制作するのは初めてで、あらゆる作業に創意工夫が必要になり、様々な予定変更を行いながら進めていますので一気には進みません。
コロナで動けなくなったことで田舎の母親との面会も一時中止、すべての時間をつぎ込んでようやく峠を越えられました。6月下旬コロナ自粛も解除される頃 大方の部材は成型・組み立てがほぼ終了し、一部のパーツはお客様が不要とされ頂いた他艇用を改修し、とりあえず流用することに。この後はあっと驚かせる船体の塗装です。
  順調に進めば7月中に進水となります。コロナ禍が過ぎれば世界が変わるとも言われますがボート競技の世界は変わるでしょうか。このシングルスカルの製作が私にとってどのような結果をもたらすのか今の段階ではわかりません。
商業化の進んだ今のスポーツ界において今回製造するボートが事業として成り立つと考えて進めてはいません。 ただ日本のボート界に、老人一人がここまでやるとのインパクトは与えたいと思います。
  ひと昔以前のアマチュアリズムのボート競技の世界の考え方で進めているかもしれませんが、ボートと言うスポーツの楽しみ方が広がるように思います。
  私にとっては競争するボートを造ることもボート競技の楽しみの一部、自分自身がここまでやったとの満足感を得られれば良いのです。それが自分の環境で持てる力を出し切ったと納得できるものであれば。