105歳の母と81歳の息子


令和7年5月1日 
加藤 慶子 (栃木県出身 さいたま市在住)
  105歳の母は私の実母ではなく育ての親である。大宮より車で3時間、車窓からの風景は町並みから田園風景に変わり渡良瀬川を越え、やがて山々に囲まれた細い道に入る。
  ここ数か月の間に思いも寄らぬ出来事があった。母の世話は81歳になる息子が自宅でしている。
  先日、母は突然発熱し救急車で病院へ運ばれた。肺炎と診断され入院となる。これでもう彼方行きになるのかと覚悟したが、なんと10日後には食欲が出てきて、リハビリが始まった。3週間後に無事退院となり、自宅へ戻った。母には趣味がある。テレビの野球観戦だ。ジャイアンツファンで、勝利した夜は息子と乾杯。グラス1杯の日本酒が2杯になる。
  このところ認知症の症状なのだろうか、「ここに置いてあった饅頭がない」と母が突然叫んだり、冷やかに言ったり、勘違いだったと気づくこともあれば、そうでない時もある。
  いつまで母は自宅での暮らしを続けられるのだろうか。でも勘違いや度忘れは誰もが体験している日常のこと。深刻にならなくても良いのではないかと自問自答している。母の息子は最期まで俺が世話をすると言う。人生100年時代。楽しく暮らしてこそだ。
  105歳の母と81歳の息子。この先も平穏で、と願うばかりです

〈赤飯を炊いて届けるうれしさよ105歳の母が待ちます〉  
〈割り箸の袋を折りて箸置きをつくる仕草の可愛らし、母〉  
〈夕飯の大吟醸は魔法水、鉄人母を多弁にさせる〉  
〈手を握り離さぬ母と別れ来て帰る夜道のずううんと寒し〉  
〈ラジオから「里の秋」の歌流れ老いたる母を憶う夕ぐれ〉