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令和8年2月1日 福井 政二(日野町出身 さいたま市在住) |
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![]() | 11月2日、桐生市で合併20年の記念事業として、桐生祇園祭370年で 史上初の桐生祇園屋台総揃え一挙公開が行われており、それに合わせて 日野の祭囃子が招かれました。 |
| この祇園屋台は6基あり、その精巧な彫刻や襖絵は独特のもので、1基が出し物の舞台となっている。年番制という仕組みで一度にすべての屋台が出されることはなかったが、今回史上初の一挙公開となった。
桐生と日野町との関わりは、日野出身の矢野八郎左衛門が300年前に桐生で商売を始めたことからで、故郷日野からどんどん人を送り商売を広げた。そして桐生で永住する人も出てきた。この中には私の在所の人が何人もいて、親戚の人も居られる。今回は機会なく残念ながら会えなかった。 浦和を7時に出て9時過ぎに桐生駅につき、辻さん(西倉氏の関係)にご案内頂き水道山に登って桐生の町全体を眺めた。最初に行われる鉾座へ行くと、正面に屋台の一つが組み立てられてあり、その前で祭り囃子連が並んで奏でるのである。お囃子は笛 大太鼓 小太鼓 すり鉦の4種で20人で奏でられ、10時に始まった、懐かしい音色が流れ、観客席には地元の方か観光客か大勢の人が聞き入っている。 |
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お囃子にも曲目があり「バカバヤシ」 「ヤタイ」「オオマ」の3つが代表的なもので、他にも「ギオンバヤシ」「サバリハ」などがあるという。 お囃子連は老若男女混成でよく練習されていることでしょう、ばっちり一つになっています。 |
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| これが日野祭りでは曳山の中で奏でられ、16基の曳山が街中を大勢の氏子さんに引かれ綿向神社へ向かって進んで行くのです。 ここでお囃子休んでトークショーです、日野から来られたお囃子連の代表の中村さんと、この誘致に尽力された矢野商店元社員で今もこの桐生で活躍されている西倉 武氏の対談です。日々の苦労話からこれからの後継者問題、残したい文化について話された。続いてこの桐生でお囃子をやっておられる方を入れてのコラボレーション、さすがです、ピッタリ併せての演奏でした。 ここで昼休み。また辻さんに連れられて街中のお店へ、なんと今年のカゴメのナポリタンスタジアムの王道ナポリタンリーグで優勝されたというスパゲッ亭“加良”。少し時間的に早かったからかすんなり店中入れたが、どんどんお客さんが来られて並ばれていた。トマト味の美味しいナポリタンを頂いた。 そして街中の矢野商店あたりへ行く、昔は倉庫が並んでいたのでしょうが、今日はお店になっていろいろなものを並べたお店が沢山のお客さんを迎えて賑やか。桐生は織物の町で私は織物問屋に勤めていたので、桐生の帯を商ったこともあった。今はネクタイや洋服生地の大きな産地である。 午後1時半から第2会場のみんなの広場へ、ここには祇園屋台が野外に5台並べられている。この大きな屋台を組み立てて並べること、大変なことだと思われる。そのうちの一番奥の屋台でお囃子連が奏でるので、広場の屋台の前はもうたくさんの人々が待っておられる。やがてお囃子連が壇上に上がり、並んで位置につき始まる。ここは一段と観客が多い、奏者も力が入るようだ。 |
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ここでも1時間余の演奏があって、トークショー、地元の奏者とのコラボが行われて、終わりの締めは “万歳!バンザイ!” と観客と奏者が一つになって終わった。これから日野祭り囃子方は秩父へ向かい、明日は矢尾百貨店の前で奏でるそうだ。遠路 ご苦労様! | ![]() |